「数馬さん!その傷は?!」
二の腕を縛った着物の切れ端が真っ赤に染まっていた。傷は浅いのだが血が止まらないために重傷を負ったような錯覚をさせてしまうらしく、一足早く長屋に帰ってきていた春哉は数馬の姿をみるなり血相を変えて飛びついてきた。
「一体何があったんです?!」
「賊に斬られた」
「まずは手当てを!今、薬を持って参りますから!」
春哉は奥から救急箱を持ってくると、慣れた手つきで治療を始める。布を取ると案の定ぱっくりとあいた傷が姿を見せた。思ったほど深くないそれに少々安堵したが、万一に備えいつもより念入りな手当てを施す。
「一体誰が……」
「賊は忍のふりをした侍だった。どこの家中かまでは探れなかったが……。依頼者は陰間だと言っていた」
「陰間?!」
「どこの陰間かはわからんぞ……」
「……心当たりでも?」
「あるわけねぇだろ。そりゃ、お前と出会うまでに関係を持った陰間は大勢いるが、命を狙われるような恨みを買った覚えはねぇよ」
春哉を敵に回せば余計にややこしくなる。誤解はなるべく解いておくに限る。
「春哉、信じてくれよ。俺は……」
「わかっています。そんなに必死に弁解されると逆に疑わしいのでやめて下さい」
「……わかった」
薬をつけ、包帯を丁寧に巻いていく。最後にかたく結んでから、ふとつぶやく。
「まさか『浮橋』の陰間ではないでしょうね……」
「おい、めったなことを言うな」
「でもっ!」
「世話になった人間をむやみに疑うんじゃねぇよ。……いいからお前は夢丸の稽古のことだけに集中しろ。夢丸を花形の陰間に育て上げることこそ旦那への恩返しだ。それはお前にしか出来ないことだろう?」
「……それは、そうですが……」
春哉の頭に手当てしてもらったばかりの右側の手を乗せると、わしゃわしゃとかき回す。しなやかで冷たい髪が数馬の指に巻きつき、さらりと滑り落ちる。
「今後お前も狙われるかもしれん。明日からは道場での稽古が終わり次第そっちに迎えに行くから、大人しく待ってるんだぞ?」
「でも遅くなりますので……」
「いいから。わかったな?」
有無を言わせぬ数馬の口ぶりに春哉も観念せざるを得なかった。数馬がこれほど頑ななところを見せるということは、ただでは済まない事態に陥ったことを意味している。
春哉が首を小さく縦に振ると、数馬も「よし」とうなずいて、ひとまずその場の区切りがついた。